イタリア共和国の国旗

イタリア共和国
イタリア共和国の国旗イタリアの場所
正式名称Italian Republic
国旗縦横比2:3
現国旗制定年1948年1月1日
ヨーロッパ
首都ローマ
公用語イタリア語
流通通貨ユーロ
面積30.2万km2(日本の80%ほど)
人口6000万人

イタリア国旗の色と意味

緑色
国土と希望
白色
アルプスの雪と信仰
赤色
イタリア独立戦争で流された血

イタリア国旗の図解イラスト

イタリア国旗の別名がトリコローレな理由

イタリアの国旗は『トリコローレ』とも呼ばれます。

これはイタリア国旗のモデルとなったフランス国旗がトリコロールと呼ばれているためです。

フランスの国旗

トリコロールと呼ばれるフランス旗

もともとトリコロールとはフランス語で3色を意味する言葉で、3色のフランス国旗はトリコロールと呼ばれるようになります。

このトリコロールをイタリア語で言う場合は「トリコローレ」となるため、このような別名が生まれました。

イタリア国旗の由来・歴史・変遷

チスパダーナ共和国の国旗1796~1797現在のイタリアはローマ帝国の1属州に過ぎませんでした。

1796年になるとイタリア北部にナポレオンが攻め入り「チスパダーナ共和国」を建てます。

左記はチスパダーナ共和国で使われていた国旗です。

トランスパダーナ共和国の国旗1796~1797チスパダーナ共和国建国の同時期、ナポレオンはミラノ公国を廃し「トランスパダーナ共和国」も建てました。

左記の国旗が使われており、フランスの国旗がモデルとなっています。

チザルピーナ共和国の国旗1797~1802チスパダーナとトランスパダーナは統合され「チザルピーナ共和国」となりました。

画像:Flag of the Repubblica Cisalpina.svg – Wikimedia Commons

イタリア共和国の国旗1802~18051802年にチザルピーナ共和国はナポレオンを大統領とした「イタリア共和国」となります。

これまでの国旗はフランスモデルの3縞型の旗でしたが、大きくデザインが変わりました。

イタリア王国の国旗1805~18141805年にナポレオンを国王とする「タリア王国」が誕生します。

国旗中央にはナポレオンのシンボルである鷲と雷電が描かれました。

画像:File:Flag of the Napoleonic Kingdom of Italy.svg – Wikimedia Commons

サルディーニャ王国の国旗1816~18481814年、フランス皇帝でもあったナポレオンはオーストリア・スウェーデン・イギリスの軍によって首都パリを陥落させられたことをきっかけに、元帥らの裏切りにあい失脚。

それに伴いイタリア王国は消滅し、1816年に「サルディーニャ王国」が強大化します。左記はサルディーニャ王国の国旗です。

※サルディーニャは現在のイタリア構成地域、ナポレオン失脚に伴い領土を取り戻し強大化した。

サルディーニャ王国の国旗1848~18611848年に「サルディーニャ王国」の国旗が変更され、サヴォイア家の紋章が中央に描かれています。

画像:Flag of Italy (1861–1946).svg – Wikimedia Commons

イタリア王国の国旗1861~19431858年に中部イタリアの『パルマ公国・モデナ公国・トスカーナ大公国』がサルディーニャ王国に合流。

1860年にガリバルディの義勇軍が南イタリアの両シチリア王国を征服。

ガリバルディは1860年10月26日、サルディーニャ王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世の会見の最中「ここにイタリア国王がおられるのだ!」と告げ、戦果である占領地を献上します。

結果、1861年にサルディーニャ王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世がイタリア王を即位し、サルディーニャ王国は「イタリア王国」となりました。

※サルディーニャ王国時代の旗が継続して使われていきます。

画像:Flag of Italy (1861–1946).svg – Wikimedia Commons

1922年第一次世界大戦後の1922年にムッソリーニ率いるファスシト政権が成立しました。

ファシスト政権とは:ファシズム(権力で労働者階級を抑え、外国に対しては侵略政策を取る独裁制)を実践する体勢のこと。

イタリア社会共和国の国旗1943~1945第二次世界大戦においてイタリア王国は日本・ドイツとともに連合軍側と戦いますが(つまり枢軸国側で参戦)、戦時中の1943年に降伏。

首相であったムッソリーニは連合国に捕らえられていましたが、ナチスドイツがこれを救出。

戦前のイタリア王国を廃止し、第二のファシズム政権として「イタリア社会共和国」(サロ共和国とも呼ぶ)を建てました。

イタリア王国の国旗1945~1946ムッソリーニは再び捕まり、ついには処刑されます。それによってイタリア社会共和国は消滅し「イタリア王国」が復活しました。

1861年よりイタリア王国で使われていた旗が再び使われるようになります。

画像:Flag of Italy (1861–1946).svg – Wikimedia Commons

イタリアの国旗1948年1月1日~【現在のイタリア国旗】

1946年に共和制へと移り「イタリア共和国」に。国旗自体はサヴォイア家による王制廃止に伴い1946年6月19日より使われました。

イタリア共和国憲法の制定に伴って正式な国旗となったのは1948年1月1日よりです。

イタリア王国の国旗には王冠が付く?付かない?

  • イタリア王国の国旗(王冠付き)王冠付き
  • イタリア王国の国旗王冠なし

一般的には王冠なしの国旗がイタリア王国で使われていたとされるものが多いです。

しかし別バージョンとして王冠付きの国旗も使われていたという説があります。

繰り返し書きますが、基本的にイタリア王国の国旗には王冠が付かないと考えてよいです。

イタリア国旗に似てる旗

イタリアの国旗

イタリア

これらがイタリア国旗と似ていると言われる国旗です。

特に似てるのがメキシコと、イタリア国旗が横向きになったハンガリーでしょうか。

イタリア国旗と類似した食べ物のエピソード

緑白赤が使われたイタリア国旗ですが、実はこの色合いが影響している料理が2つ存在します。

それは

  1. マルゲリータ
  2. カプレーゼ

の2つです。

イタリア国旗とピザのマルゲリータ

マルゲリータ

マルゲリータ

トマトソースにモッツァレラチーズ、バジルの葉を材料としたピザ。マルゲリータですが、なんとなく色合いが緑白赤になっていると思いませんか?

実は19世紀に存在したマルゲリータ王妃をもてなすために、ピザ職人がイタリア国旗の緑白赤を意識して作ったとされるピッツァなのです。

王妃はいたく気に入ったらしく、その結果このピザの名前がマルゲリータになったと言われています。

マルゲリータ王妃

マルゲリータ王妃

マルゲリータの由来は諸説あり、その中の一説です。

イタリア国旗とカプレーゼ

カプレーゼもマルゲリータと同じく、バジル・チーズ・トマトを使った料理です。

カプレーゼ

カプレーゼの正式名称は『インサラータ・カプレーゼ』で、これはイタリア語で「カプリ島のサラダ」という意味があります。※カプリ島はイタリア南部の島

このカプリ島の人々はカプレーゼをパンでよく挟んで食べていたことから、カプリ島の最高級ホテルの晩餐会で提供されることに。

赤白緑の色合いがイタリア国旗と類似していたことから好評となり、そこからイタリア全土に広まりました。

イタリア国旗フォトギャラリー

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