バチカン市国の国旗

バチカン市国
バチカンの国旗バチカン市国の場所
正式名称State The City of Vatican
国旗縦横比1:1
現国旗制定年1929年6月7日
ヨーロッパ
首都バチカン
公用語ラテン語(外交時:フランス語・業務時:イタリア語)
流通通貨ユーロ
面積0.44km2(東京ドームの10倍ほど・世界最小)
人口792人

バチカン市国の国旗の意味・由来

バチカン四国の国旗

金銀の鍵ペテロの鍵。
イエスが弟子ペテロに言った言葉「あなたに天の国の鍵を授ける」が由来、聖俗両面の支配権を象徴する
三段の法王冠立法・司法・行政の三権力を表す
黄色と白十字軍遠征時代のイェルサレム王国の『銀色の盾と金色の十字の紋章』に基づいた配色

バチカン市国の国旗の変遷・歴史

ローマ教皇領ローマ教皇量の国旗1770年1770~1797現在のバチカン市国は過去ローマ教皇領と呼ばれていました。

1770年になると左記のような旗が教皇領旗として制定されます。

チザルピーナ共和国チザルピーナ共和国の国旗1797~1798フランス軍の進行により、ナポレオンが建国したチザルピーナ共和国領土となります。

画像:Flag of the Repubblica Cisalpina.svg – Wikimedia Commons

ローマ共和国ローマ共和国の旗1798~18001798年になるとフランスにより樹立されたローマ共和国の領土となりました。

国旗はフランス国旗の青が黒色になったものが採用されています。

教皇領教皇領旗1800年1800~18081800年に教皇領が復活し、現在のバチカン国旗でも使われている金銀の鍵と教皇冠の描かれた旗が制定されます。
フランス帝国フランスの国旗1808~1814ヨーロッパ諸国対フランスの戦争中、フランスがローマを占領したことにより再び教皇領は再びフランスの支配下に。

国旗はフランス帝国のものが使われるようになりました。

教皇領教皇領旗1800年1814~1825ナポレオン体制の崩壊に伴い、1814年教皇領が復活します。

1800年の教皇領の旗が再び使われるようになりました。

教皇領教皇領の旗(1825)1825~18701825年に教皇領の旗が変更されます。

現在バチカン市国で使われている国旗と似ていますが、正方形ではなく横長になっています。

イタリア王国イタリア王国の国旗1870~1929イタリア統一を進めていたイタリア王国軍が教皇領に侵攻し、ローマを占領。教皇領が消滅し、以後イタリア王国の旗が使われるようになります。

画像:Flag of Italy (1861–1946).svg – Wikimedia Commons

バチカン市国バチカン市国の国旗1929年6月7日~【現在の国旗】

イタリア王国のムッソリーニ政府と、ローマ教皇庁がラテラノ条約を締結し、独立主権国家としてバチカン市国が成立しました。

※ラテラノ条約はローマ教皇庁にイタリア政府が歩み寄る形の内容であります。

世界最小の国、バチカン市国

世界地図で見てみるとイタリア内に小さな点のように位置している国で、面積はおよそ東京ドーム10個分!

人口もおおよそ1000人未満ということでインパクトが有り、多くの人が記憶に残している国ではないでしょうか。

世界最小の国ではありますが、現在約180の国や地域と外交関係を結んでいる国です。

バチカン市国の国旗に似てる旗

バチカン四国の国旗

バチカン市国

スイスの国旗はバチカン市国と同じく、世界で珍しい正方形の国旗です。正方形の国旗はこの2つしかありません。

ウクライナは2色国旗である点と、黄色が使われている点が類似しています。

バチカン市国国旗フォトギャラリー

  • ローマ教皇量の国旗1770年
  • チザルピーナ共和国の国旗
  • ローマ共和国の旗
  • 教皇領旗1800年
  • フランスの国旗
  • 教皇領の旗(1825)
  • イタリア王国の国旗
  • バチカン市国の国旗
  • バチカン市国国旗と似てる旗一覧

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